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毎日の何気ない生活〜家族

毎日の何気ない生活〜家族

毎日の何気ない生活。

朝起きて家族で朝食をとり、仕事に行き、あっという間に一日が過ぎ帰宅。

子どもや夫とたわいもない話をしたり夕食をとったり後片付けをしたりする。ゆっくり風呂に入りテレビを見たりして布団に入る。そんな毎日を多くの方が送っているのではないでしょうか。

何か大きな出来事があるわけでもなく、大きな買い物をするでもなく、海外へどんと旅行するわけでもない日々ですが,毎日がとても幸せで充実しているなと感じています。

よくテレビや雑誌でもそんな何気ない日常の中に幸せがあるんだと言われていますが、本当にその通りだと思います。それに気づかないとか、失ってから初めてわかったというような話もよく聞きます。

しかし自分はいたって普通の生活を送りながらとても幸せを感じています。あれがほしいとかこれが足りないとか不満があるわけでもなく、なんとなく家族と過ごせることにとても満足感を感じているのです。

shiawase

たぶん、大きな困りや足りないものが目の前にないから些細なことでも幸せに感じるのかなと思います。だから、唯一の心配はこの毎日がいつまで続くのかなということです。

自分が仕事でうまくいかなくなったとき、家族が病気やけがで入院した時、親にもしものことがあったときなど今の生活にマイナスの変化が起きないかというのが少し気になっています。

しかし、よく夫に言われるのは「考えても仕方がない」「なるようにしかならない」などです。

確かにその通りで、今の穏やかで幸せな毎日を大事に、かみしめながら送っていき、何かあったらしょうがないかなくらいの気持ちでゆったり構えておくことが大事なのかなとも思います。

逆にプラスの方向への変化も起きるかもしれないわけですから、ちょっとわくわくしながら待ってみるというものいいのかもしれません。「明日は明日の風が吹く」ですね。

そんなことを休日に少し考えることのできる今の自分こそが幸せなのだなと改めて思ってしまいます。

小さい頃の私

先日、息子が冗談混じりで「あーあ、今日大学面倒だなぁ。」と言ったので「ちゃんと行かなきゃ駄目だよ。」と言いました。

言ってから、私ってどうだったっけと考えたのです。私は幼稚園の頃から小学生低学年まで母が入院していて、父と祖父母に面倒を見てもらってました。

そんな私は幼稚園が大嫌いだったのです。ある日、祖母と園バスを待っていました。「行きたくない。」そう言って祖母を困らせている内にバスが来て、先生に促されバスに嫌々乗ったあとです。

先生と祖母が軽く話をしている横をダッシュでかけ降りて逃げたのです。私の実家は当時は田んぼだらけだったので、田んぼの畦道を一生懸命走りました。

振り返ると、遠くに祖母が見え次に園バスの運転手さんが見えました。幼稚園児の足では当然男性の運転手さんに勝つことが出来ず、あっさりと捕まってしまいました。

捕まっても暴れ「嫌ー、行かなーい!」と、涙でぐちゃぐちゃになりながら抵抗したのですが、運転手さんの肩に担がれ園バスに連行されました。
祖母が「待ってるから行っておいで。」と、悲しそうな顔で見送ったのを凄く覚えています。私の「バス脱走田んぼ逃亡事件」は、あっという間に広がり同じ幼稚園から小学校に行った友達に笑い話として語り継がれました。そして、小学生になり低学年で登校拒否をしました。

理由は当時流行った「口避け女」が怖いってことです。でも、それは口実で母が入院していて居ないのが寂しくて学校に行きたくなかっただけなんです。

その時は毎日6年生が迎えにきてくれて、口避け女は嘘で居ないんだよって話を繰り返しされ1週間ぐらいで学校に復帰しました。自分のことを思い出していたら、なんか可笑しくなってしまって息子にカミングアウトすると「何だよー、俺にちゃんと行けとか言って自分はそんなかよ。」と、笑っていました。

息子は私に似ずポジティブタイプなので苦労はありませんが、祖父母と父はネガティブタイプの私を育てるのが大変だったと思います。祖父母は他界してしまっていますが、健在の父にはこれからも親孝行を続けようと思った思い出話でした。