2歳児も82歳も同じ

2歳児も82歳も同じ

幼児や学童、学生に青年に社会人、成年、中年、高齢者などと分けたりしますし、便宜上必要なのは理解できるのですが、年齢を問題視しすぎなのでは、と感じる事が多々あり、もしも多くの人がそう思っていないのなら、その点に於いて私は明かなマイノリティであると言えるのでしょう。

天文学的に考えて、一年経たタンパク質も90年経たタンパク質も対して違いはないじゃないか、というような乱暴な事ではなく、人は生まれながらにして性格や趣向があり、その出力に長けているかいないかだけの違いに過ぎないだろう、と思うからです。

例えば、言葉を喋るのが遅かった2歳男児が何も考えていないはずはない、というのは人によっては異なる考えを持ちそうですが、突然の事故でチューブに繋がれ声を発する事の困難な青年に意識があるに違いないのは誰しも考えることではないでしょうか。

特別に年齢を条件にいれず、人である以上に同等に意思を持つ者であるとして自分自身と相手を扱うという、ただそれだけの事で、不愉快な出来事がなくなる、というよりも、世間はもっと愉快になるのではないだろうか、と思います。

皆が、愉快な方がいいに違いないと思っているとすること自体が間違いだとするとまたややこしいのですが、自分が主観的に美しいと感じる事柄を信じて実行する以外に、生きていてすることなどあるのでしょうか。

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