もはや他人事ではない中国の黄砂問題

もはや他人事ではない中国の黄砂問題

中国では随分前から黄砂が大変な問題となっています。

私は日本海側の地域で海辺の近くに住んでいますが、よく晴れた日はモヤッとした空をよく見かけます。そういう日は車のガラスが黄砂で覆われていることがよくあります。

テレビでも、街が黄色いもやに包まれた情景は時おり日本のニュースでも取り上げられていますが、何時ぞや放映された「黄砂が酷い時はこの前で写真をどうぞ」という観光地の記念撮影用パネルは如何にも中国らしく、ついつい失笑をしてしまいました。

よく考えたら黄砂はPM2.5とは全く別の問題であり、中国自身の問題ではありません。

なので、中国らしいと笑うのも失礼な話なのですが。

しかし近年、いよいよ他人事だと笑っていられない状況が日本でも発生しています。

それは、ズバリ黄砂アレルギーです。

食材や花粉が原因のアレルギーは馴染み深いですが、実は黄砂が原因のアレルギーもあるのです。花粉の飛散が最盛期を迎える春先に黄砂も日本に多く飛散し、多量に吸い込むと痒みや呼吸器の異常、皮膚トラブル等が現れます。一見すると花粉症と似ていますが、その実体は強い喘息や脳梗塞をも引き起こし命を落としかねないとても危険な病気なのです。

その原因と言うのは、もちろん黄砂自体の吸引による臓器の損傷にあります。更に、黄砂は元々タクラマカン砂漠やゴビ砂漠から舞い上がった単なる砂埃なのですが、飛んでくる過程でアンモニウムや硫酸、セシウムやPM2.5などの汚染物質を吸着して運んで来ているのです。日本に飛散する黄砂の量は中国の国土に飛散する量に比べはるかに少ないのですが、長い距離を運ばれたその粒子はずっと小さく、汚染物質を吸い込んでいるという意識が薄いためとても深刻なのです。

黄砂の吸引は、マスクや眼鏡の着用、うがい手洗い、外出を控えたり洗濯物を部屋干しするという花粉と同じような対策で意外と簡単に防ぐ事が出来ます。

花粉症の時期が過ぎても花粉症のような症状が治まらない場合は、一度黄砂アレルギーを疑ってみてはいかがでしょうか。

現在、気象庁で黄砂の飛散予報を発信していますので参考にしましょう。

オゾン水を生成できるオゾン発生器は、そんなアレルギー(黄砂アレルギー?に効果があるのかは不明だが)な人にも試してみる価値はありそうだ。

人に好かれるという才能

誰からも好かれる人っているのは事実です。
それはきっとその人の生まれ持ってきた性質なのでしょう。

人生は平等かって?いえ、平等ではないと私は思います。
だって結局はなんでもひいきされたりってありますよね。
就職の面接も面接官にいかに好かれるかというのも大事です。

本当に平等なものはコンピューターが採点するテストくらいではないでしょうか?
人がつける成績もきっと私情を挟んでしまいます。
そう考えると人に好かれるという特技をもって生まれた人は最強ですね。

どうしたら人に好かれるのかも私はわかりません。
いつでも笑顔でいたらいいの?ってそんなわけないですよね。

平等といいながら、平等ではない世の中を
私たちは生き抜いていかないといけません。

私も高校時代にはある教科の先生に好かれてテストに出るところを
教えてもらいました。

そう思えばある教科の先生にはめっちゃ嫌われてた…。
嫌われるときついですよね。何しても怒られるんだもん…。

仕事も同じです。上司に嫌われると終わりですね。私も経験ありです。
生きるって難しいけど、人に好かれるというの大切だと思っています。
誰にでも好かれて周りに常に人がいるような人はそれは持って生まれた才能だと思います。

街の怪獣たち

新築の家が次々と建っていった時代が過ぎ、今は中古の家のリフォーム、リノベーションが建築業界の大多数の仕事なのだそうです。

今現在も新築の建築を見掛けない訳ではないので、全国各地でニュータウンが開発された時代に成人していた人でなければ、今はあまり新築の家が建っていない、というのも実感は難しいかもしれませんが、街レベルで次々と開発されていた時代があった事を想像すると、確かに現在はあまり新築されていない、となるのも納得出来ます。

建築解体業に携わっている方以外の人にとって、家や土地というのはまさに不動産で、扱いの難しいもの、手軽に管理するという訳にはいかないものというイメージが一般的ではないでしょうか。

自分の体よりも大きいというだけで、普通に考えて扱いは困難です。

経済的に何の心配もない、という人でなければ、場合によっては扱いに困る、手に負えない怪獣のようになってしまうこともあります。

家を所有している人も、引き継ぐかも知れない人も、そしてこれから手に入れようとしている人にとっても、このご時世、家や土地が扱いきれないものになりつつあるということをそこかしこで見受けます。

そろそろ、土地や家もローンや所有という概念を越えて、全く別のシステムに切り替わらなくてはならない時が来ているのではないでしょうか。